障害者自立支援法は天下の悪法 (機関誌 第7号 2007.9.2)
1.「障害者自立支援法」が2006年4月1日より施行されて1年がたちます。
1年たって、この法律が「障害者の自立を支援する」どころか「阻害する、立ちふさがる」ものであることがいくつものことがらから明らかになっています。
2.2006年度のコンピュータ教室が始まってすぐ、教室に行っていただいている講師の方々の「支援法介護費用1割負担」が起こりました。
「障害者自立支援法」は障害者の受けているのは「福祉サービス」であるから、そのサービスの量に応じて、その1割を障害者自身が支払いなさい、というものです。車いす障害者や視覚障害者がコンピュータ講師として外出するとき、その介護費用のうち1割を事業所へ払い込まなければなりません。
事業としての講師活動ですから、その1割負担は法人が支払うこととし、かかった負担を届け出ていただきました。しかし、遠慮があったりで必ずしも全額法人負担とは出来ていません。
介護が必要な重度の障害者がコンピュータ教室の講師など社会的活動をするとき、自分で自己負担1割をかかえるか、あるいは活動先に負担してもらわなければならなくなりました。重度障害者の社会活動は余分なものとでも言うのでしょうか。
社会的自立を促進するといいながら、それにたちふさがるのが「障害者自立支援法」です。
実は重度の障害者ほど多くの介護を必要としますから、1割負担は、重度の障害者ほど重い負担となります。こんな法律があるでしょうか。
3.わたしたちはたまりかねて、市内の障害者への生活調査を始めました。
2007年3〜4月で230名の障害者の負担は1年前と比べて「変化なし38%」「増えた59%」でした。さらに「利用時間や回数を減らしましたか」に対し「かなり減らした12%」「減らした30%」でした。すなわち4割の人が、福祉施策を使うのを減らして負担を増やすまいとしているのです。そして5〜6割の人が負担が増えても使う福祉施策の量を減らしていません。なぜなら、それは生きていくうえで必要な命や生きがいに係っている行動だからです。
「障害者自立支援法」は障害者が生きていくこと自身に「負担料」を支払わせているのです。
4.さらにその生活調査で平均44.2歳230人の障害者本人の月平均収入が94,371円であることも明らかになりました。
10万円に満たない収入状況の中から1割負担をさせようというのです。
厚労省もそれではとおらないと見ますから、障害者と同一世帯(親・兄弟)から負担させることとし、その収入状態により、負担させる上限額を生活保護世帯0円から15,000円、24,600円、37,200円としました。
法律上は障害者の就労対策をお題目として掲げてありますが、どこの省庁も本気ではありませんから、実効ある障害者就労対策はなんら実施されていません。
収入の道も閉ざしたまま、重度障害者の生きていくに必要な施策に負担料を取ろう、取れなければ、親兄弟から取ろう、というのが「障害者自立支援法」なのです。
5.この結果、世帯全体として負担上限のある障害者層(15,000円、24,600円、37,200円)に何が起こったのか。
昨年5月21日、私たちの所属する尼崎市身体障害者連盟福祉協会の総会が開かれました。その折り、いつもなら100名を越える参加者があるのですが、50名ほどの出席者でした。
「えっ、組織のピンチ」と驚いたのですが、総会以後伝わってくることは「1割負担をしないといけないから、病院とか市場の買い物とか生活に必要なものを優先させている。連盟の総会は出席しなくても何とかなるから行かなかった。」という声でした。
改めてがく然としました。負担軽減に1年間運動を続け、総会の意義を訴え、今年6月3日の大会はようやく110名に復しました。
しかし同じことは続いて起こっています。この8月25日、26日に尼崎市肢体障害者福祉協会の「伊勢志摩への一泊バス旅行」が行われたのですが、申込者がいつもの半分くらいの40名でした。リフト付きのバスも借り、最近は2年に1度の実施ですので、皆さん楽しみにしてきた行事なのです。
旅行費用1人2万円ですから、例えば外出ヘルパー派遣を事業所に依頼して旅行参加する人は、従来なら2人分4万円をなんとか工面して参加していたのですが、自立支援法以来、2日分の介護費用1割負担分1万円ほどがさらに加わります。おおよそ5万円です。障害者基礎年金1級月額82,000円ではもう負担しきれない金額です。
40人であっても助け合ってとにかく楽しくやっていこうと実施しましたが、障害者の恒例のレクレーション行事も危うくなっています。
6.さらにこの「障害者自立支援法」施行は、障害者の人間としての尊厳を徐々にむしばんでいます。
20歳をすぎた大人でありますから障害者の収入認定は本人だけで当たり前のところを、同一世帯の収入全部を合わせるとなりました。本人が払えないなら親兄弟に払わせようというのです。障害者は自立した一人の人間として尊敬されるのではなく、親兄弟の扶養者としてきづつない思いをまたさせてしまうのです。
またその収入や資産認定のとき、世帯の預貯金通帳のコピーまで要求します。親が自分の死後子供のためにと残した貯金が500万円以上あれば、負担軽減はできないというのです。それを全部使い果たしてからお出でなさい、というのが「障害者自立支援法」の施行内容なのです。
私たちは自衛の手段としても、一人の独立した人間としてみてもらうため、同一住居であっても「世帯分離」を進める運動を始めています。
7.「障害者自立支援法」は、障害者だけでなくその周囲へ大きなマイナスをもたらしています。
「障害者自立支援法」は外出移動介護などの一番伸びの激しい事業を「地域生活支援事業」と名づけて県や市の実施する事業としました。
従来、その施策量に応じて出していた補助金を、まず全国の一定額を定め、地方自治体の人口などに応じてそれを振り分け、あとはそれぞれの裁量でやりなさいと手を離しました。
障害者の生活に直結している自治体は施策を後退させるわけに行かず、多くの自治体が自己財源からの独自施策を実施しました。尼崎市は移動介護を従来どおり実施するために3億4千万円の追加予算を背負いました。
また「福祉サービス」を担うとされる事業者・施設も同様でした。「障害者自立支援法」で定める新しい報酬単価はこの1年間変更の加えられるたびに減らされてきました。さらに定員や設備補助など削られる一方でした。
多くの事業所や施設で、職員の退職や募集しても応募がない、労働条件や賃金が日増しに過酷になるという現象が起きています。
生きがいだけでは暮らしていけない、結婚する生活費のめどもたたないという悲鳴を厚労省は分かっているのでしょうか。
これはもはや「福祉基盤の崩壊が起こっている」という状態です。「障害者自立支援法」がそのきっかけとなっているのです。
8.このような状態が1年続き、与党内からも見直しの声や、地方自治体・地方議会から多くの意見書があがりました。
最初後ろ向きの報道だったマスコミも、障害者の生活と近かった記者たちの中から、「障害者自立支援法」の理不尽さを記事にし、特集番組を組むことが始まりました。
福祉の切捨てが起こっていることに直視せざるを得なくなったのです。
そしてついに、施行後わずか1年もたたずに、厚労省は上限負担を、収入や資産の制限をつけ、いかにも恩恵的にでしたが、1/4に緩和する手直しを発表しました。
しかしこの緩和策でも、負担上限まで届かない障害者は、同じような仕打ちの中で施策を利用するたび1割の負担額を支払わされていることが今も続いています。
9.このような理不尽な「障害者自立支援法」の施行の中で、逆に私たちは大きな前進をしました。
中央でもこれまで共闘することの少なかった主要障害者団体がひんぱんに共同の声明を出すようになりました。
もちろん尼崎市でもここ10年ほど意見や動き方の違いをこえて連携をしてきた障害者団体が話し合いを続け、陳情書などに次第にその輪を広げていきました。
また今回の「障害者自立支援法」施行が地方自治体にしわ寄せしていることが明らかでしたから、その緩和策を尼崎市に求めるにしても、市民の税金の使い方への訴えとして、尼崎市議会各会派とも緊密な意見を交換し連携を取ることが出来るようになりました。
法律そのものを押し返す力はまだありませんが、これ以上追い込めないでほしいという、自治体に出来るぎりぎりの緩和策を取らせる道筋が私たちのものになりました。市民運動としての道筋が見えてきました。
しかしこの「障害者自立支援法」を成立させたのは国民の多数の意思を受けた国会であることを見落とすわけにはいきません。
いったんは参議院で廃案となっていたこの法案を、「痛みを分け合う」と明言し、福祉を後退させ景気を回復させる、という方向を明らかにした小泉内閣を、衆議院選挙で6割の国民が支持し、もう一度法案上程され可決された法律が「障害者自立支援法」であることを見落とすわけにはいきません。これもまた「議会民主主義多数決」によって通過した法律なのです。
市民・国民に「障害者自立支援法」が「天下の悪法」であることを伝え、この根本を変えていく力は私たちが発揮せねばなりません。障害者団体が連携し、「障害者自立支援法」の理不尽さを少しでも切り崩す活動から始めましょう。
[戻る]
|